岡島 成行氏
講師紹介
岡島 成行氏
環境ジャーナリスト。1944年神奈川県横浜市生まれ。1967年上智大学卒業後、読売新聞社入社。1980年環境庁担当となり、以後、環境専門記者となる。83年〜84年米国ワシントン大学客員研究員。88年国連環境計画より「グローバル500賞」受賞。99年読売新聞社退社後、現在に至る。大妻女子大学教授、(社)日本環境教育フォーラム専務理事、NPO法人自然体験活動推進協議会代表理事など、多数の役職についている。


1. 本文


現在の環境問題はとても大きな広がりを持っている。私が新聞社で環境担当の記者になった1980年頃には、環境問題というとまず公害のことだった。当時はまだ水俣病やイタイイタイ病の裁判が続いている頃で、公害というと企業と患者さん、環境省、弁護士を取材すると記事が書けた。

ところが、その後しばらくして自然保護の問題が大きく取り上げられるようになった。
自然保護活動は、以前から熱心に取り組まれてはいたが、国民的に皆の関心を呼ぶようになったのは80年代中頃からの知床や、中海、青秋林道、長良川の問題などがクローズアップされるようになってからである。そのような現場に行くと、現場ごとに状況が全く異なるので、記事を書くにも現場ごとに足を運んでさまざまな情報を集めなくてはならなかった。

さらに80年代後半には、地球環境問題が大きく取り上げられるようになってきた。地球環境問題はとても大きな問題である。温暖化、オゾン層破壊、酸性雨など一つ一つが幅の広い問題を含んでいる。温暖化について新聞社の記者の立場で考えると、取材先としてまず環境省、外務省、経団連、通産省、さらに社会部や科学部、政治部の連携が必要となる。温暖化だけのために、専門の記者が一人から二人は必要になってくる。そのくらい幅が広く収拾がつかない。現状で起こっていることに対して取材が追いきれない。これは、報道体制や国、企業など、あらゆる体制が、現在起きている環境問題に対応できていないことが理由にあると思われる。

この20年位の間に、そのように非常に複雑に多岐・多様化してきた環境問題に対して、市民がどこでどのような対応をしていけるのか。そして一人一人が環境保全活動として何をしていけばよいのか、ということがなかなか見えにくい。
したがって、個人として何かやりたいと思っても、なかなか決められないのが現状だろう。


例えば、アメリカでは市民が環境保護団体に加入している数は、約1500万人ほどである。日本ではどうか。私は多く見積もっても50万人位、実際には30万人位ではないかと思う。日本で最大の自然保護団体と言われている(財)日本野鳥の会でも会員は約5万人である。アメリカの最大の環境保護団体であるNWF(National Wildlife Federation:全米野生生物連盟)の会員数は450万人だ。
日本とアメリカではこの位の差がある。
日本人の場合にはどこかに入ろうと思っても、どこに入ってよいのかわからないのではないか。できるなら参加したいと思っている人は多いはずだ。
この問題は入会しようとする市民の問題というよりも、受け入れ側であるNGOや行政、また企業側で考えなくてはならない課題かもしれない。

この状況の答えになるかわからないが、私は、とりあえず自分が好きなことから関わってみてはどうだろうかと思う。

絵が好きな方だったら、鳥の絵を描く、山の絵を描く、そうして、「山はきれいだ」、「鳥のいる自然はいいなあ」と周りの人に伝える、そういうことも環境保護活動の一歩になりうると思う。自分の好きなことから環境を見てみる。ごみ拾いしなくてはならない、リサイクルをしなくてはならないと、広く一般的に言われているような環境保護活動でないといけないと思う方もいらっしゃるかもしれないが、私は長い間NGO活動をしてきて思うのは、まず自分の窓口を見つけてそこから環境を見てみるということが、案外落ち着いて環境問題に関われるような気がしている。
まだ、何をしていいのかわからない人でも、そう遠からず見つかると思う。そして、その延長には、なんらかの環境保護団体に参加できるのではないかと思う。


もう一つ大事なことは、無理をしないことである。日本人、また日本のNGOの一つの大きな特徴として、熱心な人しか入れないということがある。不熱心な人は入れない。が、アメリカのNGOをみても、会員数100万人いれば、熱心な人は1万人位だ。残り99万人はちょっとやりたい人である。入会してサポートしたいという程度の人たちである。日本では、入会しても行事などに参加していないと、一生懸命やっている人から白い目でみられる風潮がある。日本のNGOは、いい加減にやりたい人は入れない。しかし、世の中はいい加減にやりたい人のほうが圧倒的に多いだろう。一生懸命にやりたい人はそんなにいない。そして、真剣にやりたい人だけが集まるとどうしても会員数は増えない。また、真剣にやりたい人だけが集まっていると、いい加減にやりたい人を許すことができなくなってしまう。したがって、会員数は増えないし、運動のうねりもどうしても弱くなってしまう。日本のNGOはまじめな人が多いせいか、そういう傾向がある。なんとかこのような状況を、いい加減な人を許す団体があってもいいのではないかと、私は思う。
自分と同じレベルを他人に要求しないということが重要ではないだろうか。


私が所属している(社)日本環境教育フォーラムは、1987年9月に山梨県清里で集まりを持ったことがきっかけとなり、組織化することができた団体である。初回に参加した人の中から、意志のある人が手をあげて実行委員会をつくった。環境庁の役人、ジャーナリスト、自然保護団体の職員、学者など数人が実行委員会となり、当初は手弁当で、毎年の集会を開くことによってネットワーク化していった。16年たった現在もこの集まりは続いている。そして、任意団体の後1967年に社団法人化して、現在に至っている。
今振り返ってみると、やってみると案外できるものであるなと思う。数人の意欲のある人たちが集まり、会を続けて運営していくことによりネットワークを広げていくというようなスタイルだ。可能性はある。是非関心のある人は、何人かと集まって、組織化して活動を広げてほしい。

そして、現在、もっとも必要な役割が、企業やNGO、NGO同士を結びつけるというコーディネーターの役割を担う人・組織である。

現在、NGOに対して行政も市民も十分に理解していないし、NGOも信用を得るに値するまでの活動実績がまだ十分でない状況である。
例えばある県の環境政策課が考えているNGOと県教育委員会が考えているNGO、土木部が考えているNGOのイメージはそれぞれごとに異なるだろう。したがってNGOに対する県の対応もばらばらである。部局によってNGOへの評価が決まっていないからである。企業にも同様のことが言える。NGOに対する社会的スタンスが皆にまだ見えていないのだ。NGOの対社会に対する位置づけがまだできていないとも言える。
私は、日本ではこれらの課題が解決されるにはもう少し時間がかかるだろうと思っている。

アメリカではNGOは第5の権力といわれている。新聞やTV、メディアは第4の権力である。アメリカではそれらの組織の社会的な位置が明確である。アメリカの新聞記者はメディアの範疇に入るのでNGOには入れない。それぞれが独自の主張をするグループなのでそれぞれの場所が明確に決まっているのである。

日本もなんとかしてNGOは社会にとって有用であるという認識を一般化したい。
そのためにもこれから数年間は、コーディネーターが活躍し、NGO同士、対企業や行政をつなぐ役割をこなしてほしいと思う。

そして、より多くの人が環境保護に対する意識を持ち、それぞれの関わり方で、日本の環境保護のために多様性のある活動が広がってほしいと思う。


 
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