講師紹介
上遠 恵子氏
レイチェル・カーソン日本協会理事長。
東京都出身、東京薬科大学卒業。エッセイスト。
レイチェル・カーソンは、アメリカの海洋生物学者であり作家である。彼女は、1962年「沈黙の春」という著作を表し、化学物質による環境汚染について、社会に大きな警鐘を鳴らした。レイチェル・カーソンは人類の恩人であるとまでいわれている。「沈黙の春」は、アメリカで出された「アメリカを変えた25冊の本」の一つに選ばれ、1999年にタイム誌が組んだ「20世紀の偉大な知性100人」という特集の中では、サイエンス部門でただ一人の女性として選ばれている。しかし、「沈黙の春」が出版された当時は、この本に対して賛否両論の嵐が巻き起こった。ことの決着は、当時の大統領であったジョン・F・ケネデイが、「沈黙の春」を評価したことによって決まった。賛否両論のかなりの反論があったとき、レイチェル・カーソンは決してたじろがなかった。その確信や信念というものは、何に支えられていたのか。それは、彼女が「沈黙の春」を書くために、じつに多くの文献を読みこなし、自然科学者として確固として科学的に根拠のあるものを精査し執筆したことである。けっして、推量や想像で書いたものではない。1987年「沈黙の春」の出版25周年にあたり、アメリカ化学学会が「沈黙の春」をテーマにしたシンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、自然科学分野のさまざまな人々が「沈黙の春」が提起した内容について再評価した。再評価の内容は、25年もの年月による機器分析の進歩によって、本の中の細かい数値等については多少の問題はあるが、基本的には、レイチェル・カーソンの指摘は正しいというものであった。「沈黙の春」の正確さは25年たっても色あせることがないのである。
私は、彼女の信念を支えたもう一つは、「センス・オブ・ワンダー」だと考えている。「センス・オブ・ワンダー」は、彼女の最後の作品である。センス・オブ・ワンダーの意味は、易しい英語ではあるが、日本語ではなかなか良い訳がない。私は、「自然界にある不思議さや神秘さに目を見張る感性」と訳し、タイトルもそのままにした。この作品は、レイチェルが1956年に婦人雑誌のエッセイとして書いたものに、さらに加筆してふくらませたいと考えていた作品である。結局、レイチェルが亡くなった翌年(1965年)に発行された。本の内容は、レイチェルが姪の子供、ロジャーと一緒に自然の中でのさまざまな体験を通したことを綴ったものである。レイチェルの姪であったマージョリーという人は、ロジャーが5歳のときに亡くなり、レイチェルはロジャーを養子にして育てていた。ロジャーがまだ幼い頃から、レイチェルは、メイン州にある自分の夏用の別荘で毎年ロジャーと一緒にすごした。ここでレイチェルは、小さなロジャーを連れて、付近の海や森を探検し、星空や夜の海をながめてすごした。その経験をもとにこの本を書いた。
この本のメインテーマは、「子どもが持っている新鮮な感性をどうやって生涯持ちつづけることができるか」ということである。レイチェルは、子供と一緒に自然を体験する素晴らしさを詩情豊かに綴った。そして、この本は、多くの人々の共感を呼んだ。
「子供たちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは、大人になるまえに澄み切った洞察力や美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。もしわたしが、すべてのこどもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない、センス オブ ワンダー=(神秘さや不思議さに目を見張る感性)を授けてほしいと頼むでしょう。」とレイチェルは、書いている。
そして、子どもが感じた喜びや感激や神秘を、子どもと一緒に再発見し感動を分かち合う大人が少なくとも一人はそばにいる必要があると言っている。その大人というのは、親であり、家族であり兄弟であろう。しかし、多くの親達は、自分が自然のことを詳しく知っているわけではないので、一緒にいても教えることなどできないと、たじろいでしまう。しかし、レイチェルは、「わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、知ることは、感じることの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちが出会う事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。」とアドバイスする。
この本を読んだ多くの方々は、感想文で書いて下さっている。「センス・オブ・ワンダー」を読んで、自分が小さい頃のことを思い出した。今は忘れてしまっていた、子どもの頃のさまざまなことを思い出しとってもなつかしい気持ちになった、と。
私達は、大人になると、日常生活の忙しさに紛れてしまい、自然に対する感覚をいつの間にか鈍らせてしまっている。私は思う。20世紀は、科学技術が非常に発達した。先進国の多くは、飢えも寒さも暑さも克服し豊かで便利な生活を手に入れることができた。が、その影に、深刻な環境破壊や資源の枯渇という環境問題を引き起こした。21世紀は、この環境問題に立ち向かわなくてはならない。20世紀の生活を振り返り、見直さなくてはならない。私は、そのときに必要なことの一つに、センス・オブ・ワンダーがあるのではないかと思う。
レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を書き、大変な誹謗に耐え、確信を持っていた、将来こうあらねばならないという希望を書き綴っていたことの強さは、彼女の幼い頃の自然体験が大きく影響していると私は考えている。レイチェル・カーソンは、1907年、ピッツバーグの郊外に生まれ、豊かな田園地帯で育った。身体があまり丈夫ではなかったので、よく母親と一緒に森に出かけ、小川のほとりを散策した。母親はレイチェルに、よく話して聞かせた。「自然界というのは、すべての生命あるものが互いに関わりあっている。大きな動物は小さな動物の生命をもらって生きている。それは次の生命につながっていく。人間だけが特別な存在ではないのだ。」ということを、レイチェルに感じ取らせてくれた。そして、つまらないことに夢中になるよりも、ずっと自然を見ていてごらん、とてもおもしろいものなんだよ、と教えてくれた。
あるとき幼いレイチェルは、ヘビが脱皮しているのを見た。彼女の興味は、ヘビが脱皮していくときに、眼の部分はどのように脱皮するのか、鱗が一緒に抜けるのかどうかということであった。彼女は、長いこと時間をかけてじっと見ていたという。おそらく、そのような体験は彼女の生涯に影響を与えているはずだ。子供時代の自然体験を通して培われた感性は、彼女の全ての著作に影響を与えていると思う。私は、子供時代に体験するさまざまな自然との出会いやふれあいは、とても重要なことだと思う。今の子ども達は、時間というものに追われている。学校だ、塾だと、何かにつけ急かされている。
皆さんは、幼いとき、そのようにすごした時間の記憶がおありだろうか。私自身は、東京生まれで多摩川のそばで育った。が、私の子どもの頃、東京にもまだアオバズクがいた。夏の夜、母が電気を消して、ホロスケを呼んでみようかと言う。母が手のひらを組み息を吹き込むと「ホーホーッ」とホロスケの声がする、遠くで鳴いていたアオバズクの声がだんだん近づいてきて、我が家の庭の木にも止まった。このとき私は、どきどきして、いろいろなことを想像して、とても感動した。今でも、そのときの真っ暗闇の中での体験をまざまざと思い出すことができる。
私は、そのような体験を今の子ども達にもたくさんさせてあげたいと思う。自然とふれあうことによって、喜びや感動を抱くことができる。生きるというエネルギーをもらえたという思いがある。バーチャルではない本物の自然とのふれあいをたくさん体験してほしいと思う。
しかし、自然体験をしたからといってすぐに効果が現われるものではない。今の世の中は、とてもせっかちになっているので、すぐに効果が出ないと無駄をした気になってしまうようだ。以前、私は、あるお母さんから、「自然体験をすれば何か子どもに良いことがあるでしょうか」と尋ねられたことがあった。そのお母さんは、勉強ができるようになるとか、良い学校に入れるとか、そういうことを期待していたようなのだ。私は、良いことというのは、自動販売機のようにお金を入れるとすぐにほしいものがでてくるものではないと思っている。自然とのふれあいによっていろいろな経験を受けるということは、とても時間がかかることであることを理解してほしい。そしてそれは、自分の子どもに対して「待つ」ということでもある。
子どもは不思議なものに出会うともっと知りたいと思うようになる。これは、バーチャルなものの体験よりも、本物の体験をしているときのほうが強いようである。
4歳の男の子がいた。彼が庭で遊んでいると、ぽつんと頭に何か落ちてきた。道を隔てたところに崖があってそこにヤマフジが生えていた。ヤマフジの実は熟すとぱちんと弾けて飛ぶ。それが男の子の頭に当たったのである。その子は、びっくりした。そして、その種子が、彼のセンス・オブ・ワンダーに火をつけた。彼は、それからというもの、保育園の行き帰りはもとより種子という種子を拾い集めた。種子に夢中になっているその子のために、お母さんは、種子の絵本を買ってあげた。まだ字が読めないその子は、母親が仕事をしているので、近所の年上のお友達を訪ね、読める字を教えてもらう。ついに、その子は独学で字を覚え、絵本を読むことができるまでになった。
「センス・オブ・ワンダー」の中でレイチェル・カーソンは言っている。「美しいものを美しいと感じる感覚。新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情など、さまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次は、その対象となるものについて、もっと良く知りたいと思うようになります。そのようにして見つけ出した知識はしっかりと身につきます」と。
子どもが「不思議だなあ、もっとよくこのことを知りたいなあ」と思ったときに、その子どもの創造性が出てくるのだ。今までの学校教育は、知識注入型が主流だ。これでは、何となくおもしろくないと思っている子どもには、ますますおもしろくなくなってしまう。「不思議だな、おもしろいな」と思うことが根底にあったときに、初めて学問に対して情熱が持たらされるのではないかと思う。小さいときに経験したことは成長して大人になっても生きていく。何も科学者にならなくてもいいし、大学者にならなくてもいい。不思議だと思うことによって、その人の知識欲や創造性と想像力が刺激される。その原体験として、自然体験がとても重要ではないかと思うのである。
そして、子どもにそのような体験をさせるとき、そばにいる大人も一緒に体験することは、とても意味がある。大人も子どもと一緒に遊べば良いのである。知識を教えないで純粋に遊ぶことは、大人の感性を育むのにもとても重要なのである。一緒に自然とつきあうことで、親子であれば共通の話題ができる。お互いに多くの話題を持っていれば、もし子どもに悩みがあったとき、親に打ち明けてくれるのではないだろうか。
「別の道を選ぶ勇気」。これは、「沈黙の春」の第17章にある言葉である。レイチェルは言っている。「今、私たちは分かれ道にいる。今まで私たちがたどってきた道は、すばらしいハイウエイだった。だけど、行きつく先は災いであり破滅だ。そして、もう一つの道がある。それはあまり人も行かないが、その道を行くときにこそ私たちは地球の安全を守ることができる。どちらの道を選ぶか、それはあなた方自身だ」。このような文章である。 別の道がどのようなものであるのか。40年前にレイチェル・カーソンが示唆したことは、大変先見性があると思う。別の道は、私たち一人一人が考えることだろう。ライフスタイルを変える。本当の豊かさとは何か考え、実行してみる。いずれにしても、20世紀に私たちがしてきたことではない選択であることに違いはない。それはまさに私たち一人一人の創造力と想像力にかかっている。その想像力を育むためにも、子どもたちや私たち自身が、さまざまな自然とのふれあいを通して、センス・オブ・ワンダーの感覚を持ち続けていたいと、強く私は願っている。
参考文献
タイトル
著者
出版
沈黙の春
レイチェル・カーソン作
青木簗一訳
新潮社
センス オブ ワンダー
レイチェル・カーソン作
上遠恵子訳
新潮社
「インターネット市民講座」の著作権は、各講師、(社)日本環境教育フォーラム、(財)損保ジャパン環境財団および(株)損保ジャパンに帰属しています。講義内容を転載される場合には事前にご連絡ください。
All rights reserved.